お人を認める寛容な人間力素晴らしいですね。心持も料理も、いい加減がいいのかもしれません。

友人とこの前のブログで書いた土井善晴さんの話になり、私が母と土井勝先生の話を思い出して話したら、友人がぜひ、みんなに話してラブといってくれたので、この前のブログの時はおこがましいかなと思って書かなかったのですが思い切って書きます。

母は家同士が決めたお見合いで父と出会い、19歳で福井から大阪に嫁ぎました。

母は小学校何年だか聞いてなかったけど💦小学生のときに両親とも亡くなっていて、兄弟姉妹皆長女の嫁ぎ先にお世話になってたので、母は気遣って、子どものころから家事をしていたんですね。

長女である叔母が嫁いだ先は大きな写真館をして大繁盛していたので、叔母は店番はするけど、お客さんとみんなでツアーに行ったりする人で、あまり家のことはせずに、母が弟の面倒をみたり、家族全員の料理の用意をしたりして、料理はひととおりできていたと思うんですが、田舎料理かもしれないと気にしたのか、私の父と結婚してからすぐに土井勝先生の料理教室に通いだしたらしいです。

だし巻きを作りましょう、というときに、もちろん料理教室ですから、レシピがあります。

生徒はみんな、お出汁、しょうゆ、みりん、お酒、塩など計って入れますよね。

母は計らずに目分量で入れて焼いたそうです。

(何で、料理教室にきたんやあ~)​​​​​​

で、土井先生が出来上がりを味見してまわったそうで、母の作っただし巻きが一番おいしいとほめてくださったそうです。

母はとてもうれしかったようで、子どもの時にテレビに土井勝先生が出るたびに、私に話してました。

まあ、そりゃあ嬉しかったでしょう恋の矢

19歳でも大胆だったんだなあ~滝汗自分の味付けが大阪でも通用する、と思ったのも嬉しかったでしょう。

友人は、土井勝先生も偉いけど、お母さんも偉いわ~と言ってくれました。ありがとう~

若い20歳にもならない女の子が自分のレシピを使わずに目分量で作っただし巻きを美味しいと褒めることのできる土井勝先生は寛容な人間力を持つ素晴らしい人だなあと思います。

書きながら今おもったんですが、もちろん土井先生は母の事情は知らなくても、おそらく福井から全く知らない大阪の土地に嫁いできた母には不安がいっぱいだったと思うので、そんな母の表情も読み取って元気づける言葉だったのかなとも思いました。

そうかんがえるとウルウル

まあ、そこまで慮っておられなかったかもしれませんが、母にとってはきっと料理だけでなく、大阪での結婚生活に自信をもらえたできごとになったのは確かです。感謝です。

この土井勝先生の持っておられた人間力や、料理に対する考え方が息子さんである善晴先生に引き継がれているんでしょうね。

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