36年前、33年前の記念品を保管してくれていた友人に感謝!

あと1日で連休が終わることにちょっと焦っているながはまふみこ婚活予備校です.
しかし、その焦りも吹き飛ばすようなことがありました。

母が、2回目の離婚をして、知り合いの老夫婦から、早朝の時間帯は自分達がやってるけど、その時間帯以外はシェフや店員に任せているので、好き放題して、お客さんの質も悪くなってるし、売り上げもごまかされてる気がするから、喫茶店の権利を売りたいんだ、と話があって、母はやりたくて、私は母の要望で会社を辞めて、一緒に喫茶店を始めました。
祝開店記念で配ったのがマッチでした。この当時はなかなかおしゃれだと言われまして煙草を吸わない方にも喜ばれましたね。
祝3周年記念はライターを配りました。

そして、なんと、当時、タイミングよく店にきてくれたんだとおもうんですが、祝開店記念のマッチと祝3周年記念のライターを同じ友人が、コロナでどこへも行かずに家族で家の大掃除をしていたら出てきたと連絡があり、画像をおくってくれましたいやあ~うれしい嬉しすぎる。

ご褒美としか言いようがない。
緊急事態宣言が解除して、次、母に会いにいけるようになった時に見せたらどれだけ喜ぶだろうか、思い出して泣くだろうと思います

ほんとに、よく働きました~4年間は朝は3時に開店、晩は9時までぶっ通し。暇な時間帯に仕込み。
つまり、2時半に起きて、晩は片付けたら10時前。店の上に住んでいたからできたことですね。睡眠は3,4時間。
休みなし。全部ゼロからでしたから。
開店して1年経って、母がもうこのペースで大丈夫だから、週に一回休もう、月曜日は比較的静かだから、と言い出して、私はやったあああ~と喜んだのでしたが、その初めての休みの日に、一歩店から母が歩き出した途端捻挫をして、

「文子、これは神様が休んだらダメって言ってるわ~」

いやいや、今思えば、母の身体が悲鳴を上げてたんだと思います。
でも結局週一回休みの話はなくなったのでした。
たださすがに私を可哀そうだと思ったのか、日曜日は夕方以降お客さんが少ないから、お昼の2時で閉めよう、そうしたら、文子も遊びに行けるやん、と。私が独立したら、絶対週に一回休むぞ!と思っていたのに、いざ独立すると、早朝のお客様には申し訳ないけれど、朝を5時半の開店にさせてもらい、休むことはしませんでした。
母との4年間、独立した2年間、結局閉店するまで、6年間は休みなしでしたね。それでもうれしかった楽しかった母に鍛えられて接客が好きになったんですね。
いいお客様ばっかりでした。
若かったですね。睡眠なくても元気でしたから。

今年、58歳になる年に、

しかも消耗品だから、捨ててしまわれてて当然なので、対面ができるとはちょっと興奮してしまいました。

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